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征夷大将軍

征夷大将軍の嘘

蝦夷征討のために設けられた臨時の役職

征夷大将軍とは、平安時代初期に定められた令外官(律令官制にない臨時的官職)であり、「征夷」とは都から見て東の異民族を討伐・平定することを意味している。

この官職は、武官の事実上の最高司令官とされている。

坂上田村麻呂や文室綿麻呂などの平安時代の公卿が任じられ、蝦夷の討伐任務にあたっていた。

討伐がほぼ完了した弘仁2年(811年)に廃絶された。

この官職が再び表舞台に現れるのは、建久3年(1192年)のこと。

源頼朝が征夷大将軍を拝命したのだ。

頼朝は征夷大将軍となることによって武士たちをまとめる権威を獲得し、それを背景に鎌倉で幕府を開いて武家政権を成立させる。

そもそも「幕府」という言葉自体が、王・天皇に代わって軍の指揮をとる将軍の役所に由来しているのだ。

もっとも、元来が武官の職であったから、必ずしも「武士でなければダメ」というものでもなかった。

現に鎌倉時代には源氏三代の血が途絶えた後、宮将軍(皇族から迎えられた将軍)や摂家将軍(藤原摂関家から迎えられた将軍)がいた。

例えば、第4代将軍は、摂関家の藤原頼経、第6将軍は後嵯峨天皇の皇子・宗尊親王である。

江戸時代にも、4代将軍徳川家綱の死去後、宮将軍を迎える迎えないで幕閣たちがもめている。

このように、例え武士の身分の者ではなくても、征夷大将軍という役職になれたのである。